【要約】
露地ナシ栽培において、ハダニ類に対して天敵資材を導入し、さらに天敵への影響が少ない農薬との併用による総合的病害虫防除(IPM)体系の構築に取り組むこととし、土着天敵を含めた天敵の発生状況や防除効果を検証し、地域の実情に適した総合的病害虫管理技術の確立に向けて検討を進めた。
背景と目標
岐阜県美濃加茂市山之上地域では、露地栽培によるナシの生産が行われている。ハダニ類などの微小害虫に対しては、従来、化学農薬を中心とした防除が行われてきたが、近年の温暖化の影響によるハダニ類等の発生増加に加え、害虫の薬剤抵抗性の発達により、防除効果の低下が課題となっている。
そこで、ハダニ類に対して天敵資材を導入し、さらに天敵への影響が少ない農薬との併用による総合的病害虫防除(IPM)体系の構築に取り組み、土着天敵を含めた天敵の発生状況や防除効果を検証し、地域の実情に適した総合的病害虫管理技術の確立に向けて検討を進めることとした。
地域の概要

美濃加茂市は岐阜県の中南部に位置し、山之上地区は市の北東部に広がる標高約150mの丘陵地帯で、ナシ、カキを中心とした果樹産地が形成されている。美濃加茂市アメダスによる年平均気温は15.1℃、年間降水量1,756mm、年間日照時間2,027時間で、県内では穏やかな気候である。畑地かんがい用水が整備されており、水利に恵まれ地域である。
当地域のナシの栽培戸数は78戸、面積は44ha。主な品種は、「幸水」「豊水」「あきづき」「新高」で、観光農園や生産農家での直売を中心とした販売が行われている。
実証ほの概要
1.実施場所:岐阜県美濃加茂市山之上町
2.調査期間:令和7年6月~10月
3.耕種概要
剪定 :12~1月
摘蕾 :3月下旬
開花 :4月上旬~中旬
摘果 :6月
収穫時期 :実証区「幸水」8月中旬~下旬 「豊水」8月下旬~9月下旬
慣行区「豊水」9月上旬~9月下旬
4.実証ほの構成



調査内容及び方法
1.ハダニ類・カブリダニ類、その他害虫の発生状況
6月11日から10月下旬まで約2週間間隔で、ルーペを用いて葉の寄生頭数を調査。各区任意の200葉(20樹×10葉)。

2.病害(黒星病、赤星病等)の発生状況
6月11日から10月下旬まで約2週間間隔で、目視で被害葉数を調査。各区任意の200葉(20樹×10葉)。
3.下草部の生物相調査
ナシ樹下の下草部に50cm四方の枠を置き、その枠内をクリーナー(マキタ製CL121D充電式)で30秒間吸引し、吸引されたカブリダニ類等の生物を観察、計測。各区2か所、1回あたり3回反復(各月1~2回)。
4.被害果調査(カメムシ類、ナシヒメシンクイ、黒星病等)
各区任意の100果(20樹×5果)。
収穫時期に果実の病害虫等による被害果数を調査(3回)。
5.農薬使用状況調査
栽培期間中の使用農薬について農家から聞き取り調査。
6.コスト・経営評価
農薬費、防除に要する労働時間等を算出し、比較。
調査結果
1.ハダニ類およびカブリダニ類の発生状況
<実証区>
・ハダニ類
6月5日に、カブリダニ類への残効を考慮しつつ、殺ダニ剤(コロマイト乳剤)を散布し、発生初期のハダニ類を防除した。その結果、天敵放飼直前の6月11日の調査ではハダニ類は確認されず、ゼロ放飼が可能となった。
天敵放飼後、7月下旬までハダニ類の発生はほとんど見られなかったが、7月下旬以降急増し、8月8日の調査では200葉あたり約100頭に達した。この時点ではカブリダニ類が十分定着していなかったため、殺ダニ剤の散布は状況を見ながら判断した。
その後もハダニ類は増加し、カブリダニのみでは抑制困難と判断し、8月21日に天敵に影響の少ない殺ダニ剤(マイトコーネフロアブル)を散布した。散布直後の8月22日の調査では、ハダニ類は200葉あたり200頭まで増加していたが、8月23日の追加調査では1頭まで急減し、その後10月末までほとんど発生がなかった。
・カブリダニ類
ミヤコカブリダニ製剤は設置後2~3週間で放出のピークを迎えるとされるが、6月13日の放飼後から8月8日まで、ナシ葉上でのカブリダニ類は200葉あたり数頭で推移し、ほとんど増加しなかった。
その後、8月中旬から下旬にかけてカブリダニ類が増加し始めた(8月22日調査:22頭)。8月21日のマイトコーネフロアブルの散布による影響は見られなかった。
9月上旬以降、10月下旬の調査終了時まで、カブリダニ類は200葉あたり80頭前後で推移した。

<慣行区>
・ハダニ類
発生初期のハダニ類の防除として、6月中に気門封鎖剤(ムシラップ)を3回散布。ハダニ類の発生はなかった。
7月上旬にはハダニ類の増加が見られたため、発生状況に応じて7月中に殺ダニ剤を3回散布し、7月下旬には低密度に抑えることができた。
8月上中旬はまとまった降雨の日があり、ハダニ類の発生は少なかったが、8月中旬以降は、高温・乾燥により再び増え始めた。しかし、9月8日調査では200葉あたり1頭まで減少し、その後もほぼ発生は見られなかった。
8月以降は、カメムシ防除を目的で散布した合成ピレスロイドがハダニ類への防除効果を有しており、それによりハダニ類が抑えられた可能性も考えられる。
・カブリダニ類
7月下旬までカブリダニ類は確認されなかったが、8月上旬から土着と思われるカブリダニ類が増加し始めた。8月中旬以降、これらの土着のカブリダニ類が増加傾向にあったハダニ類を抑制したと考えられる。その後、カブリダニ類はさらに増加し、9月以降10月下旬まで200葉あたり約100頭で推移した。
カブリダニ類が増加傾向にあった9月1日に、果樹カメムシ類の防除として、天敵への影響が残る日数が長い合成ピレスロイド剤を散布したが、カブリダニ類の減少や増加の鈍化は見られなかった。

※殺虫剤は天敵への影響が残る日数が長い薬剤のみ記載
2.その他害虫の発生状況
(1)アブラムシ類
<実証区>
調査期間中、発生は確認されなかった。
<慣行区>
8月下旬から9月下旬にかけて、新梢の先端部など局所的に発生が見られたが、生育への影響はなかった。9月下旬以降の調査では、発生は見られなかった。10月23日の調査では、寄生蜂による寄生痕(マミー)が200葉あたり38個確認された。

(2)ニセナシサビダニ
具体的な調査は行っていないが、実証区では、新梢の先端付近で、ニセナシサビダニによる縮葉症状が多く見られた。
3.病害発生状況
(1)黒星病
実証区・慣行区ともに、8月にわずかに発生したが、梅雨期間中の降水日が少なかったことや、梅雨明け後の高温の影響もあり、調査期間を通じて発生は少なかった。

(2)赤星病
調査期間を通して、両区とも発生は確認されなかった。
(3)うどんこ病
<実証区>
10月に入り、うどんこ病が発生し、発病葉率30~36%で推移した。
<慣行区>
ほぼ発生はなく、10月23日調査では発病葉率1%であった。
4.下草部の生物相調査
実証区の草種はクローバーとイネ科が中心。慣行区の草種はクローバー、広葉植物(オオバコ、タデ)が中心。調査時の草丈は最大20cm程度。

<実証区>
吸引調査では、調査期間を通じて下草内にカブリダニ類は確認されなかった。
一方、8月にはアザミウマ類が多く確認された。
<慣行区>
吸引調査では、調査期間を通じて、下草内にカブリダニ類は確認されなかった。
8月を中心にアザミウマ類が多く確認された。

5.被害果調査
(1)果樹カメムシ類
実証区・慣行区ともに、ナシ果実への吸汁害がわずかに見られたが、令和6年の被害(実証区で被害果率14.4%)に比べると少なかった。実証区は無袋栽培のため、有袋栽培の慣行区より被害がやや多かった。
岐阜県病害虫防除所の発生予察によると、果樹カメムシ類は5月~6月に平年より多く発生し、5月23日に発生予察注意報が発表された。そのため、局所的にナシ果実の吸汁被害が見られたが、7月以降は平年より少なく推移し、後半の被害は少なかった(データなし)。実証区・慣行区での被害は、早期の発生によるものと考えられた。
(2)ナシマルカイガラムシ
実証区では無袋栽培の影響もあり、慣行区より被害が多かった。
被害は収穫期後半に多く発生し、発生程度は令和6年と同程度であった。
(3)シンクイムシ類
「幸水」「豊水」の果実肥大期後半(7月)から収穫期(9月前半)にかけて、ナシヒメシンクイの発生は平年よりやや少なく推移しており、両区ともに被害は少なかった(データなし)。
(4)黒星病
実証区では果実に黒星病がわずかに発生したが、慣行区では確認されなかった。

6.農薬使用状況調査
(1)殺虫剤
<実証区>
害虫の発生状況に応じ、天敵への影響が少ない農薬を選択して散布した。
5月3日には、ナシヒメシンクイの防除のため性フェロモン剤(コンフューザーMM)を園内に設置し、これにより、シンクイムシ類に対する殺虫剤の散布を防除暦に対して4剤削減できた。
5月~6月に果樹カメムシ類が増加したため、5月にネオニコチノイド剤で防除を実施した。さらに、8月下旬から9月上旬に再度発生が見られたため、天敵に影響の少ないネオニコチノイド剤での防除を行った。収穫前の発生が少なかったため、合成ピレスロイド剤の散布は行わなかった。
<慣行区>
地域の防除暦に準じて殺虫剤を散布した。
6月下旬、8月上旬、9月上旬には、園内で果樹カメムシの飛来が確認されたため、合成ピレスロイド剤を散布した。
(2)殺ダニ剤
<実証区>
天敵資材放飼前の6月5日に、カブリダニ類への残効を考慮しつつ、殺ダニ剤(コロマイト乳剤)を散布し、発生初期のハダニ類の防除を行った。
8月21日には、天敵のみでは急増するハダニ類を抑制できなくなったため、天敵に影響の少ない殺ダニ剤(マイトコーネフロアブル)を散布した。
<慣行区>
地域の防除暦に沿って殺ダニ剤を散布。
梅雨明け後の6月下旬にハダニ類の発生が見られたため、気門封鎖剤を追加散布した。さらに、7月中旬に再びハダニ類が増加し始めたため、殺ダニ剤を追加散布し、防除を行った。
(3)殺菌剤
<実証区>
天敵への影響を確認し、地域の防除暦に準じて黒星病の防除を中心に散布を行った。
8月以降は、うどんこ病の防除を中心に防除を行った。
<慣行区>
地域の防除暦に沿って、黒星病を中心とした殺菌剤を散布。
8月以降は、うどんこ病の防除薬剤を散布した。
(4)農薬の散布状況の比較
農薬の総散布回数は、実証区・慣行区ともに17回であった。
散布した薬剤の内訳を見ると、殺菌剤は、両区ともに防除暦に準じて15剤であったが、殺虫剤は、実証区が11剤で慣行区の17剤に比べて6剤少なかった。殺ダニ剤は、慣行区が気門封鎖剤を含めて8剤であったが、実証区では天敵製剤を除いて3剤であった。

(5)コスト・経営評価
●農薬費
実証区の農薬費は、天敵製剤・性フェロモン剤を含めても、慣行区に比べて10aあたり約9,000円少ない結果となった。
●労働時間
防除に要した労働時間は、実証区が天敵放飼や性フェロモン剤の設置に時間を要したため、10aあたり95分多かった。


●総防除経費
農薬等資材費と散布等に要した労賃を合計した総防除経費を比較すると、実証区が10aあたり約6,000円少ない結果となった。

結果考察
1.カブリダニの発生状況
実証区では、ハダニ類の発生初期である6月13日にミヤコカブリダニを放飼した。しかし、放飼直後の6月第4半旬はアメダス美濃加茂において日最高気温の平均がカブリダニの生育適温の上限である35℃を超え、降水量も平年比8%と少なく、乾燥した日が続いた。その後も8月上旬まで高温・乾燥傾向が続いた。
これらの高温・乾燥条件により、ナシ樹上におけるカブリダニ類の増殖・定着が停滞し、7月から8月にかけてハダニ類の増殖を抑えきれなかった一因になったと考えられる。
その後、8月10日~11日にかけてまとまった降雨があり、一時的に気温が低下したこと、さらに餌となるハダニ類の発生が進んだことにより、8月中旬から下旬にかけてカブリダニ類の密度が増加し始めた。その結果、10月末までナシ樹上に定着したものと推察される。

2.ハダニ防除における天敵利用の有効性
実証区では、天敵資材を導入したことで、結果的に殺ダニ剤の使用回数を慣行区より大幅に削減できた。
8月中旬以降、両区ともにカブリダニ類が定着したことで、その後のハダニ類を抑制することができ、天敵が定着すれば有効な防除技術となることが確認できた。ただし、ハダニ類の急増時には、天敵のみでの抑制は困難であり、天敵に影響の少ない殺ダニ剤との併用が必要となる場合がある。
3.農薬の天敵への影響
今回、実証区では、天敵への影響が少ない農薬を選択したことにより、天敵を温存するとともに、病害虫の発生状況に合わせた薬剤散布で被害を軽度に抑えることができ、天敵と農薬を組み合わせた防除体系の効果を確認することができた。
また、経費面でも実証区では、天敵資材や性フェロモン剤を含めた農薬等資材費、労賃などの費用を慣行区より低く抑えており、コスト的な負担も生じていない。
4.土着天敵の活用
草生栽培を行う慣行区では、8月中旬以降にカブリダニ類が増殖し、10月下旬まで0.5頭/葉のレベルで定着していたことが観察され、後半のハダニ類の抑制に寄与したと考えられる。
今年度の下草の生物相調査では、カブリダニ類は確認されなかったが、令和6年度の調査では確認されており(実証区:2.0~7.5頭/0.25㎡、慣行区:1.0~2.5頭/0.25㎡)、慣行区でナシの葉上に定着していたカブリダニ類は、下草内で増殖した個体がナシ樹に移動し、定着したものと推察される。
農家の意見
・天敵の利用により、殺ダニ剤などの化学農薬の使用を削減でき、防除資材コストを抑えられる結果となり、露地ナシにおいても有効な技術であることが確認できた。
・天敵を定着・温存するには、天敵に影響の少ない殺虫剤・殺菌剤を選択する必要があり、煩わしさはあるものの、害虫の発生状況に応じた散布となり、散布回数の削減にもつながると考えられる。
・令和7年は令和6年に比べ収穫前の果樹カメムシ類の発生が少なく、実証区では天敵への影響が大きい合成ピレスロイド剤を散布しなかった。しかし、天敵を導入した場合、ナシの収穫前に果樹カメムシ類が多発した場合の薬剤選択は課題として残る。
今後の課題
1.天敵の定着促進と効果の安定化
高温・乾燥条件下では、放飼後のカブリダニの増殖が停滞する可能性があり、定着を促すための放飼時期や放飼方法の改善が必要となる。対策として、放飼タイミングの前倒しや、かん水などによる樹冠内環境の改善等の検討が必要である。
今回は、放飼直後の梅雨期の降雨を想定し、パック剤に紙製の防水カバーを被せたが、放飼以降の高温・乾燥が予測される場合は、パック製剤をアルミ袋に入れたスパイカルプラスUMの利用も検討する。
2.ハダニ類急増時の対応
ハダニ類が急増する場合、天敵のみでは抑制できない場合がある。急増時には、天敵に影響の少ない殺ダニ剤を迅速に併用することになるが、当該技術を普及するにあたっては、薬剤散布の判断基準を明確化しておく必要がある。
ハダニ類の発生予察やモニタリングにより早期対応を可能にすることで、天敵と薬剤の併用によるIPM体系の標準化を目指す。
3.果樹カメムシ類多発時の対応
収穫前に果樹カメムシ類が多発した場合、天敵に影響の大きい合成ピレスロイド剤の使用が避けられない可能性がある。そのため、天敵に影響の少ない代替薬剤や防除技術についての情報収集、研究が継続して必要となる。
また、発生予察情報を活用し、飛来前の防除や物理的防除(ネット等)を組み合わせた防除体系を検討する必要がある。
4.草生栽培による土着天敵の活用促進
当地域のナシ園では草生栽培が普及しつつある。しかし、土着天敵の生息を意識した年間の管理は行われていない。
今後、下草内で生息する土着天敵を有効に活用するには、草刈りの時期・回数や草種、薬剤選定を含め、カブリダニ類の生息に適した環境管理を検討する必要がある。
提案するIPM防除体系
1.露地ナシ栽培における総合的な防除の考え方
耕種的・生物的防除を含めた総合的な防除を実践することで、IPM防除体系を確立する。
・冬季の耕種的防除を徹底する(落ち葉処理、誘引ひも等の除去、粗皮削りなど)。
・2月下旬~3月上旬(萌芽前)のマシン油乳剤散布により、樹上の越冬害虫の密度を下げる。
・4月下旬、7月上旬に性フェロモン剤を設置し、シンクイムシ類の被害を軽減する。
・天敵放飼前に、天敵への影響日数を考慮し、殺ダニ剤を散布する。
・6月上中旬にハダニ類の天敵(カブリダニ)を放飼する。
・天敵に影響の少ない農薬の組合せによる病害虫防除を実施する。
2.防除暦の提案
IPM防除体系を前提とした露地ナシの防除暦(案)を示した。
この防除暦は、温暖化の進行によりハダニ類や果樹カメムシ類などの害虫被害が拡大している現状を踏まえ、発生予察情報を活用して適期に防除を実施することで、防除効果の向上を図ることを目的としている。

●実証年度及び担当普及センター
(令和7年度 岐阜県可茂農林事務所 農業普及課、岐阜県農政部農業経営課)